ヴィーナス

Side 手島 美月 3


朝子が遊びに来ていた時、偶然お兄ちゃんが私の部屋に入ってきた事があって、それが朝子とお兄ちゃんが顔を合わせた最初だった。


「美月、次のやつ貸すよ・・・あ、お友達?こんにちは」
軽いノックの後、漫画を手に無造作に入ってきたお兄ちゃんを見て、朝子は言葉を失ったみたいに彼を見上げていた。

「あ、こちら古谷朝子ちゃんっていうの」
朝子をお兄ちゃんに紹介すると、彼独特の笑みを見せてヨロシクと・・・手を差し出した。
その手を握って、朝子は、彼女らしくなく・・・小さな声で“ヨロシク・・・・”と答えた。

「美月、下にケーキあるって書き置きあったから、俺の分彼女に出してあげていいよ」
そう言って、お兄ちゃんは部屋を出て行った。

バタンと戸の閉まる音がして・・・しばらく私と朝子は無言だった。
朝子が今、一瞬にしてお兄ちゃんに心を揺らされたのが分かった。

私の手にしていた単行本を見て、朝子が口を開いた。
「・・・何の本?それ、漫画だよね」

「え、これ?・・・銀河鉄道999だよ。古い漫画だけど、お兄ちゃんが好きで全巻揃えてるの。だから、1冊ずつ借りてるんだ。相当長くて、内容も難しいから、ちゃんと理解できてないんだけどね」

実際、これは相当な長い漫画で・・・読んではいるものの、最初の頃のストーリーをすでに忘れていた。
星の王子様と一緒で、これも何度か読み返さないと本当の意味は理解しきれない感じがする。
どちらも宇宙つながりで・・・そういうのがシンクロしてるのも面白いなと思った。

「へえ・・・そうなんだ。美月、あんなお兄ちゃんいたんだ・・・似てないね」
朝子はそう言って、ドアの向こうに消えていったお兄ちゃんの残像でも見るような目線を私の後ろに向けた。

「うん、だって血が繋がってないし」

「え、そうなの?」
朝子が驚いた顔で私を見た。

「うちの両親再婚なんだ。だから、陽くんは・・・お兄ちゃんは義理の兄・・・なんだ」

これを言うと、すぐに皆漫画みたいな事を言い出す。

“恋愛感情沸かない?”

必ず聞かれる。
で、朝子にも聞かれた。

正直・・・お兄ちゃんの事は好きだ。
失ってはいけない・・・一生大切にしたい人なのは確かで・・・そういう意味では生意気にも「愛してる」と言っても過言じゃないほどに・・・好きだ。

でも、お兄ちゃんは私なんか見てない。
私が子供過ぎるのもあるけど・・・彼は、同級生とかそれより上の女性にもさほど長い目で付き合おうとする態度が全く見えない。

きっと・・・もっと遠く・・・宇宙の彼方でも見ているんじゃないだろうか・・・っていう目をしている。
彼が好きになる女性って、どんな人なのかな・・・と、常々思っている。
信じられないほどモテるくせに・・・特定の女性と長く付き合わない。
時々デートらしい事をしてるのは分かってるけど、だからって、それが彼女か・・・っていうと、そうではなくて。
次の週には別の女の子と電話してたりするから・・・訳が分からない。

彼を好きになった人は、きっとつらい思いをするだろうな・・・って、子供心に思っていた。
何故って・・・?
彼は誰にも本気にならないから。
何故か・・・それが私には分かる。

だから、本当は朝子にも「お兄ちゃんはやめた方がいい」って言いたかった。
実際、一度言ったことがある。
彼は誰にも本気にならない・・・ちょっと変わった人なんだ・・って。

朝子も、お兄ちゃんを好きなんだっていうのを認めてから、真っ直ぐな目で私を見て言った。

「今までは本気になれなかったかもしれないけど・・・これから私達はどんどん大人になるんだよ。綺麗になれるかもしれない。そうしたら・・・私を選んでくれるかもしれないじゃない」

「・・・」

何も言い返せなかった。
確かに、まだ私達は11歳で・・・もうすぐ中学生になる。
5年もすれば、朝子なんかは、相当な美人になりそうだ。
そうすれば・・・お兄ちゃんが朝子を好きになる可能性を完全に否定する事はできない。

それを感じた時、私の胸がややズキンと痛んだ。

その痛みが何なのか・・・それは私自身にも分からなかった。



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