ヴィーナス

Side 武藤 司 2

手島と並んで歩く道・・・。
こうやって・・・こいつと何回一緒に帰ったんだろうか・・・。
前は俺が前を歩いて、手島が後ろからゆっくりついてくる・・・って感じだったけど、今は一緒に並んで歩くようになった。

「私も部活で浮いちゃったけど・・・武藤くんも、相当浮いてるよね」
手島が遠慮のない言葉でそう言ってきた。
あの無口だった手島とは思えないぐらい、今では俺にどんどん話しかけてくる。
一度心を開くと、こいつは信じられないほど無防備になるのが分かった。

「ああ・・・まあ、俺の行動がムカつくらしいよ。別に関係ねえし・・・いいよ。卒業しちまえばあんな連中一生関わらなくていいし」
そう答えたら、手島はちょっと立ち止まって俺を黙って見た。

「何?どうした・・・?」
「武藤くん・・・見かけによらず、将来の事ちゃんと見通してるんだね」

言い方は気に入らなかったけど、一応俺のことを褒めているらしかった。

「そりゃ、俺はおやじもいねえし・・・遊んでられる立場じゃないから。手島は将来とか考えないわけ?」

そんな事を聞いてやったら、手島はそれに答えないで、道端で売っている氷に入ったラムネを見て目を輝かせた。

「うわ〜おいしそう!今日は暑いよね・・・ラムネ・・・飲みたくない?」

「・・・」

不本意ながら、俺は手島とラムネを半分ずつ飲むことになった。
一人一本飲めばいいだろ・・・って言ったけど、手島は自分は一口だけ飲めばいいから・・・っていうんで・・・そうなった。

先に手島がラムネのビンを傾けて一口飲んだ。

炭酸がビンの中で弾けて泡になるのが見える。

「〜〜ん〜〜〜!!美味しい!!もう一口いい?」
ビンから口を離して、手島はラムネを俺に渡すのがもったいない・・・といった感じで言った。

「いいよ、いいよ。どんどん飲めば?」

そう言ったら、本当に手島は3分の2ぐらいを飲んでしまった。
俺だって・・・喉渇いてたんだけど。
まあ、いいや。

そう思って、渡されたビンに残ったラムネを一気に飲んだ。
手島が先に口をつけた・・・っていう事は、意識の外に放り投げる事にして・・・。

「うめ!炭酸が喉にしびれる」

本当に・・・暑い中で走った後のラムネは・・・相当うまかった。
俺がラムネを飲むのを見て、嬉しそうに見ている手島の顔を見て・・・何故か心臓が早くなった。

ん?
何だ・・・この感覚?

今までも、時々手島といると感じるようになっていたこの動悸みたいな感覚。
あんまり真剣に考えると、何だか面倒くさい事になりそうだと思って無視していた。
でも・・・ラムネのビンを店の脇に用意されたケースに戻しながら・・・俺は、もしかして・・・手島が好きなのかな・・・とか、考えていた。

でも、それを本気で納得してしまうと、この先手島とまともに話せなくなる気がして・・・また自分の心を無視した。


手島の家は、普通の一戸建てだった。
中古だった家を買ったみたいで、そんなに新しくはなかったけど、中は綺麗にされている。
蒸し暑い部屋にエアコンのスイッチを入れて、扇風機を回してもらったら、やや汗がひけていくのが分かった。

ピアノは、リビングの窓際に設置されていた。

「聞きたい曲とかある?・・・って言っても、リクエストに応えられるほどは弾けないけど」
俺に改めて麦茶を手渡してくれながら、手島がそう言ってピアノの蓋をあけた。

白と黒のバランスが不思議なほど綺麗に並ぶ鍵盤。
これを両手を使って操れるなんて・・・まじで尊敬する。

「俺は別に知ってる曲なんか何もないし・・・。適当でいいよ」

「そう?じゃあ・・・私の好みで弾くね。ジブリシリーズ!」

そう言って、手島は・・・ジブリアニメのテーマソング集みたいなのを弾きだした。
俺でも聞いた事のある曲ばっかりだ。
トトロとか、ナウシカとか、実は俺が結構好きな紅の豚なんかのテーマソングも弾いてくれた。
予想したより・・・相当うまくて、俺は心底ビックリしていた。

「すっげーな・・・。マジ、尊敬だよ」
一通り弾いてもらって、俺は素直に拍手を送った。

「実はそんなに上手くないんだけどね。武藤くんが足が速い方が私は尊敬・・・。リレーとかでゴボウ抜きするじゃない・・・?あれ、相当見てても気分いいよ」
ピアノの蓋を閉じながら、手島がそうつぶやいた。

「ああ。リレーね。あれは、俺は例えビリでバトンとっても、絶対全員抜いてやるっていう気で走ってるんだよね。でも・・・まあ、ビリから1位になるのは無理だけど・・・」

そう言ったら、手島がクスッと笑った。
何か面白いこと言ったか?

「武藤くん・・・負けず嫌いだね。そういう人、私の傍にもう一人いるよ」
「え?」
そこまで言ったところで、誰かがリビングに入ってきた。


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