ヴィーナス

Side 武藤 司 3

・・・入ってきたのは、手島の兄貴だった。

俺を見たとたんに、ちょっと表情が固くなるのが分かった。

「お兄ちゃん、早いね。どうしたの?」
手島もやや慌てている。
俺を家に上げた事を兄貴に見られたのが、ちょっと恥ずかしい・・・って感じだ。

「ちょっと体調悪くて・・・。上で寝てるから・・・」
それだけ言って、バサっと手紙類を机に置いて出て行った。

何だよ・・・あの態度。
俺の事は無視かよ。

「ごめんね、お兄ちゃん・・・なんか機嫌悪いみたい。めずらしいな・・・あの人があんな態度とるの。いつもはあんなんじゃないんだけど・・・。相当具合悪いのかな」

兄貴の不機嫌さを不思議がってるけど・・・お前、分からないの?
俺がここにいる事が、あいつの不機嫌の原因だ・・・って。

そう思ったけど、口にはしなかった。

「・・・じゃあ、俺帰るよ」
ピアノも聴いたし、もうこれ以上ここにいたらちょっと俺もヤバイ感じがして、そう言った。

「・・・そう?なんか、無理に誘ったんだったらゴメン・・・」
手島が・・・弱気な雰囲気でそんな事を言ってくる。

嫌だったら、こんなとこまでノコノコついてくる俺じゃないっつーの!

どうにも手島が鈍い事に、俺はイライラした。

「嫌だったらこねえよ!」
それだけ言い残して、俺はさっさと玄関で靴をひっかけて外に出た。
目の前で俯く手島の体から柔らかい香りが漂ってきて・・・本気でヤバイ感じだった。

「また遊びに来てね。今度は朝子も誘うから!」
玄関先で、手島は手を振ってそう叫んだ。

「ん・・・、じゃあまたな!」

軽く手をあげて、俺は走る必要もないのに・・・走って自宅を目指した。
手島の顔と・・・手島の兄貴の顔が交互に思い浮かんだ。

あの兄妹は・・・血が繋がっていない。
それで・・・多分、あの兄貴は手島の事が好きだ。

手島が、兄貴の事を恋愛対象として見てるのかどうか・・・それは分からない。
でも、小学生の頃から少しずつ思っていた・・・あの手島の兄貴に対するライバル心が、この日を境にドンっと大きくなったのが分かった。

そういう理由から・・・俺は、手島が好きなんだというのをごまかせなくなった。

女は嫌いで・・・面倒だと思っていた。
今でもそれは思っている。
それでも・・・手島は・・・あいつだけは、ちょっと俺の中で違う存在だった。

これが、「好き」とかいう感覚なのかっていうのを理解するのに4年かかった。




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