ヴィーナス

Side 手島 美月 1


中学になっても、私はクラスにも部活にもなじめなかった。
言葉の壁がどうこうっていうのはもう気になってなかったけれど・・・いじめられた記憶がトラウマになっていて、今さらいい顔されても信用できないっていうのが本心だった。

だから、最初の頃から私にちゃんと接してくれた朝子と武藤くんにしか、心を開かない。

武藤くんには・・・かなり親しく口が利けるようになっていた。
朝子は彼が私の事を好きなんじゃないかとか言っていたけど、好きな女の子に対する態度には見えない。
別に・・・他の男の子と話すのと一緒の態度だし。
私も、彼にちょっと好感があるのがバレてしまわないように、なるべく普通に接するようにした。

ピアノが聴きたいっていうから、自然にうちに来る?とか言ってしまった。
武藤くんと一緒の時間をもっと過ごしたい・・・っていう裏心も入っていたのは否定できない。
帰る途中で一緒に飲んだラムネも美味しくて・・・そんな時間を共有しているのも楽しかった。

確かに・・・他の女の子には、こんなふうな自然な笑顔を見せてはいない気がする。
武藤くん・・・ちょっとは、私に好感持ってくれてるのかな。
だったら・・・嬉しいな。

そんな私の裏心を知ってか知らずか・・・彼は、普通に部屋に上がってピアノを聴いてくれた。
男の子と狭い空間に一緒にいるっていう事を感じると、ちょっと緊張で指がまわらなくなった。
外で会ってる時には感じない独特の緊張感。
こういう感覚になるのを、私は彼を家の中に上げるまで想像出来なかった。

武藤くんは、素直に「うまい!」とか言って拍手してくれて・・・明るい雰囲気にもっていってくれた。

で、この日、私が武藤くんを無防備に家に上げたのは、良くない事だったのかな・・・と思った。
そう思ったのは、お兄ちゃんがいきなり早めに帰って来た時の態度を見てからだった。

武藤くんに挨拶もしないで、2階に上がってしまった。
あんな無愛想な態度をとるお兄ちゃんを見たのは初めてだった。

武藤くんが帰ってしまってから、私はお兄ちゃんの部屋を軽くノックした。

「陽くん・・・大丈夫?何か飲み物持ってこようか?」

私が、彼にこんなふうに気を使うのはめずらしいことで・・・。
それぐらい、何だかさっきの彼はちょっと怖かった。

「・・・大丈夫。何もいらない」
ドアの向こうから、そういうそっけない返事が返ってきた。

私はしょんぼりしてリビングに戻った。
武藤くんにも、ちょっと悪い事した気がしたし・・・お兄ちゃんの事も何だか気になって・・・この日は、かなりモヤモヤした。


お兄ちゃんの事は抜いて、朝子に武藤くんとの事は相談した。
「ええ〜!家に上げたの?あんた・・・見かけによらず積極的なのね」
朝子は吹っ飛びそうな勢いで驚いた。
そうか・・・やっぱり、男の子を家に呼ぶなんて・・・相当な事だったんだ。
私は、自分がやっぱり、かなり精神年齢が低いというのを再認識した。
武藤君を好きっていう感覚も・・・まだまだ小さな子供がお兄ちゃんを慕うような・・・そういう感情だ。
他の女子が言ってるみたいな、キスをしたいとか・・・手を繋ぎたいとか・・・そういう感覚までは到達していない。

早く・・・もっと大人になりたい。
せめて、朝子ぐらいの年齢相応・・・より少し上ぐらいの精神年齢になりたい。
切実に・・・そう思った。

私が幼いせいで、誰かを傷つけているような・・・そんな気がして。
それにすら気がつけない自分が嫌で・・・たまらなく嫌になっていた。

「私・・・もう、武藤くんを家に呼んだりしないよ」
落ち込んでそう言った私に、朝子は慌ててそれを否定してきた。

「いや、別に悪い事っていう意味は無かったよ?ごめん。いや・・・武藤がそれで耐えられたのか・・・って感心しただけ」

「え・・・?」

「あのさ・・・美月は気付いてないかもしれないけど、本当にあいつは美月の事好きだよ。だから、一緒の時間を作るなら・・・ちゃんと心に応えてやらないと・・・かわいそうだと思う」

「・・・」

武藤くんが・・・本当に私を好きでいてくれてるなら・・・、確かに、一緒のリビングで過ごしたあの時間は彼にとって苦痛だったかもしれない。

やっぱり、もう彼を家に呼ぶのはやめよう。

そう心に留めながら、私はお兄ちゃんのあの日の態度についても考えていた。
あれが・・・どうしても理解できない。

この事は、何故か・・・朝子には言えなかった。




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