ヴィーナス

Side 手島 美月 2


もう中学3年になって・・・私達はやっと青春っていう時期に入っていた。
それでも15歳・・・まだまだ子供だ。
またもや暑い夏が訪れていて・・・私は、1年の時にうっかり武藤くんを自宅に呼んだことの意味をやっと理解していて・・・後悔していた。
あれ以来、朝子以外の子を家に呼んだりはしなかったし、武藤くんとも外で雑談するだけになっていた。

相変わらず武藤くんは一人っきりで走ってばかりいて、受験をどう考えてるのか不思議だ。
私は幽霊部員のまま武藤くんの走る姿を見たり、朝子と雑談するだけの生活だった。
勉強は嫌いだけど、高校に行くために仕方なくやっている・・・程度。

将来を見てるのか・・・って武藤くんが言いかけた事を思い出していた。

私は・・・漠然と、地元で高校に通って・・・あとは東京の大学に進学したい・・・って事ぐらいしか思ってない。
お兄ちゃんは・・・東京の大学に行ってしまって、今、家にはいない。
2ヶ月に1回くらい帰って来て、元気な様子を見せてくれる。
相当遠い距離なのに・・・2ヶ月に1回っていうのは・・・かなりマメに帰ってきてくれているっていう感じだ。

お兄ちゃんが東京にいるんなら・・・私も東京に出ようかな・・・っていう極めて浅い発想の私。
ただ、なかなかなじめなかったこの土地を離れて、全く別の世界を見て・・・成長したいっていう気持ちも強くなっていた。
一度転校しているから、土地を離れるっていう抵抗はなかった。
ただ・・・東京に出たら、朝子や武藤くんとの関係はどうなってしまうんだろうか。

朝子は同性だし・・・繋がっていけそうだ。
でも、武藤くんは・・・異性。
つかず離れずの関係だったけど・・・距離が開いてしまえば、あっけなく離れる気がして仕方ない。
武藤くんへの私の気持ち・・・。
これが、恋愛感情としての「好き」なのか・・・そこが分からない。
分かるのを、ちょっと自分の中で拒否していたかもしれない。
何ていうか・・・漠然と仲がいい今の状態が心地よかったし・・・それ以上の事は何もいらないって思った。
臆病な私の発想らしくて・・・自分でも呆れる。
他の子は、キスをしたとか・・・ちょっと体を触られた・・・とか、そういうレベルの話をしていて、ついていけない。

年齢相応に恋愛経験も積んでおかないと、本当に恋愛をする時に、とんでもない失態をしてしまいそうで、ちょっと不安になる。
でも、武藤くんに今の気持ちを伝えるのも、やっぱりためらわれた。
こう思ったのは・・・実は、お兄ちゃんのせいだ。

彼を家に呼んだあの日、夜遅くにお兄ちゃんが私の部屋に入ってきた。
もう寝ようとしていたのに、唐突に彼が入ってきたから・・・驚いた。

「・・・お兄ちゃん?」

いつもの彼じゃなくて・・・何だか、別の男の人みたいだった。
凛とした表情はそのままだったけど、いつも見せている優しい微笑みは無かった。

「美月・・・あいつの事どういうつもりで家に上げたの?」

あいつ・・・って武藤くんの事?

「別に・・・ピアノ聴きたいって言ったから。弾いただけだよ」
私は枕に頭を乗せたままそう答えた。

「異性を家に上げるっていうのは、何されてもおかしくないって事なんだよ。あの男だって、もう立派に異性だろ・・・?恋愛するなとは言わないよ。でも・・・体とかは大事にして欲しいんだ。将来・・・本当に好きな人に巡り会った時に、後悔しないように・・・大事に考えて欲しい」

「・・・」

お兄ちゃんは・・・私より4個も年上だ。
もう高校生で、私なんかより10個も年齢差があるような気がした。
そんな彼の言った言葉は・・・かなり重くて、私を打ちのめした。

お父さんに言われてもおかしくない言葉だった。

武藤くんが、私にそんなひどい事をするとは思えなかったけれど・・・お兄ちゃんの真剣な顔を見たら、それを否定できなかった。
まるで、彼自身がそういう欲望をこらえてるような・・・そんな顔だった。

彼には誰か、そういう欲望をこらえなければならない人がいるんだろうか。
一緒に住んでいるのに、常に謎めいていて、全く本心を見せない人だから・・・私には計り知れない。

彼の心の中・・・。
私は「銀河鉄道999」を読むことで、彼の哲学を見出そうとしていた。
この作品を、こよなく愛していて・・・彼の部屋には、全巻揃ったまま綺麗に書棚に並んでいる。
私は時々その本を抜き取って見せてもらっている。

宇宙・・・限りがあるのか、無いのか・・・分からない。
とてつもなく大きな世界。
彼はそういう広い場所から、人間の本質というか・・・確信をついてくる何かを求めているような気がした。

それは、朝子が愛読している「星の王子様」にも言える。
何度も読み返すうちに、私はその作品の中で私の中に入ってくるメッセージを少しずつとらえていた。


「大事なものは目に見えないんだよ」


星の王子様に出てくる一つのフレーズ。
愛とか・・・優しさ・・・という、目に見えない人間の「心」っていうものが、何よりも大事で・・・人間が宝にすべきなのは、こういう事なのかな・・・とか思いだしていた。

でも、お兄ちゃんの心を理解するのは・・・相当な難問だった。




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