ワンルームで甘いくちづけを
1. 出会い
1−2
数日後。
いまどきのお見合いってどんな服を着たらいいんだろうと思いつつ、無難なツーピースを着て約束のレストランに足を運んだ。すると、先に到着していたらしき叔母が私を手招きした。
「菜都乃!遅いわよ、もう佐伯さんいらしてるのよ」
叔母さんのかいに座っているスーツの男性を見ると、特に面白くもないような顔で私を一瞥してコーヒーを飲んでいる。
(この人……お見合いする気あるんだろうか)
人の事は言えないけど、どうも相手もあまり結婚したくてこの場に来ている感じではなかった。
「ごめんなさいね〜、菜都乃は昔からマイペースで」
「いえ。のんびりされている方のほうがこちらも落ち着きますよ」
叔母さんに対しての態度を見ていると、とても紳士的。ただ、やはり会話は弾まなかったようだ。
いつもはおしゃべりな叔母さんも、今回は少し遠慮がちな様子。
さらに、彼の方には特に付き添う人はいないようで、何だかお見合いっていう雰囲気とは違う気がした。
「ま、まぁ……お見合いって言っても、私はお食事のセッティングしただけですからね。あとはお若い人たちでどうぞ。私はそろそろ失礼しますから」
「え、叔母さんもう帰っちゃうの!?」
席につきかけた私は慌てて立ち上がった。
こんな無表情で冷たそうな男性と2人で食事をするなんて、自信がない。
「あとは佐伯さんがリードしてくださるわよ、年上の男性ですしね」
叔母さんがそう言うと、彼も今までのクールな表情を少しだけ崩した。それでも、それは”微笑み”とは程遠い感じのものだった。
「ご心配ありませんよ。菜都乃さんに失礼のないよう気を付けますので」
「こちらこそご迷惑おかけしたらすみません。世間知らずな子なもので……どうぞよろしくお願いしますね」
そう言い残し、叔母さんはそそくさとレストランを出て行ってしまった。
残された私は、無言のまま佐伯さんの斜め向かいに座った。こういう時は女から口を開くもんじゃないと叔母さんに言われているのだ。
「……菜都乃さん」
「は、はい!?」
声がうわずってしまい、こういう場所に全く慣れていないのが一発でバレてしまった感じだ。それでも佐伯さんはニコリともしないで私をじっと見ている。
「このまま食事しますか、それとも外を少し歩きますか」
「え……」
レストランに来たのだから、当然食事するでしょ……って思ったけど彼は特にそこのところはこだわっていないようだ。
「えーと……ちょっと緊張してまして……」
(食事が喉を通らないかもしれない)
こんな私の心の中をどう言葉にしたらいいかな、と思っていたら。
佐伯さんは私がそれを口にする前に、ウェイターさんを呼んで食事をキャンセルしてしまった。
「あ、あの。もうお食事頼んであったのでしたら……」
「気にしないで。初対面の人間と食事するって緊張するものだよね」
そう言って、彼は飲みかけていたコーヒーを丁寧にソーサーに戻した。
「……」
初対面の人との食事は得意じゃない。
私は自分の家でまったりカレーを食べているのが好きなタイプだ。コース料理とか、実はちゃんと食べた事はない。
だから食事を断ったんだけど……。
私と彼の前に前菜を運んできたウェイトレスが驚いた顔をしている。
すかさず佐伯さんは丁寧にウェイトレスにキャセルの旨を伝え、カードで支払いまで済ませてしまった。
「あ、あの。すみませんっ!」
(私の我がままで食事代を無駄にするなんて申し訳ない!)
そう思って頭を下げると、佐伯さんは切れ長の涼しい目を私に向けた。
「少し外の風に当たれば気持ちも落ち着きますよ」
こう言って佐伯さんは少し微笑んだ。
これが、冷やかそうな印象だった彼が私に見せた最初の笑顔だった。
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