ワンルームで甘いくちづけを

1. 出会い

1−4

 まるでお互いの望みをカバーするかのように出会ったこの不思議なお見合い。
 全く結婚する気持ちはなかった自分の中に、何か少し揺らぐものがあった。
(もしかして、佐伯さんって私のような相手を求めてるのかな?)
「あの……変な話なんですけど。私、多分結婚するとしても、その人を一番には愛せないと思うんです」
 多少変な反応をされると思ったのに、佐伯さんは驚きもせず私の言葉をそのまま受け止めた。
「それは、心の中にある絶対的な存在があるっていう事?さっき言ってた……お兄さんの事なのかな」
「……そうです」
 さすがに洞察力が鋭いようで、佐伯さんは私の心の内をだいたい理解していた。
「色恋には興味がなくて。それでも周囲には結婚しろとせっつかれて、ちょっとうんざりしてる」
「まあ、うんざりって程でもないですけど……だいたいそうですね」
 恋愛をしたくないっていう訳じゃないけど、男性を見てもときめかない。ちょっと病的なほどのブラコンなのは分かってる。でも、佐伯さんはそれでもいいと言った。
「俺が君と結婚したい理由は一つ。俺は君以外の誰をも愛さない……そういう存在は一人だけなんだと証明したい。それだけさ」
「え?」
 こう言った佐伯さんの表情は不真面目なものじゃなくて。かなり真面目にそれを語っているように見えた。
 私の驚く顔が面白かったみたいで、彼は少しだけその薄い唇の端を上に吊り上げた。
「意味不明な理由だと思ったでしょ?」
「はぁ……正直なところそう思います」
 私の結婚に対する気持ちも相当理解され難いものだけど。佐伯さんが言っている事だって、普通には理解しにくいと思った。
「相手の大事にしたいものを守り合えるなら……悪くないって思わない?俺は君の心にいる大切な存在を汚したりはしない……絶対に」
「……」
 普通ではあり得ない話だ。
 恋愛はしなくても、夫婦になるなら「愛」は必要だろう。でも、佐伯さんはそれすら要らないんじゃないかと言っている。
「俺は菜都乃さんと一緒に暮らすのに抵抗は無いな。生理的な部分で受け入れられる相手なら大丈夫だと思ってるんだけど」
 そう言って、彼は私に対して好意的な笑顔を見せてくれた。

 綺麗に整った細面の顔。このフェイスなら、さぞかし今までモテてきただろう。
 兄のような暖かいムードは皆無に等しく……微笑んでいてもどこか冷徹さを感じる。
 この人から愛されるのはとても難しい事のようだ。

 暖かい結婚生活は全く想像できない人だというのは理解できた。
 本来なら即座に断ってもおかしくないこのお見合い。でも、偏愛ぎみに兄を思い続ける私を理解してくれる異性が今後出て来るとも考えづらい。
 特別こだわっていなかった結婚だけど……兄は、その命が消える間際……私が花嫁になる姿が見たかったと呟いた。その記憶があるから、結婚を完全に拒絶しきれない。

(どうすればいいんだろう。私は佐伯さんと、どういう関係になればいいんだろう)

 心の中がグルグルになって、答えが出ない。


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