ワンルームで甘いくちづけを

3誘惑

3−3

「菜都乃、食欲ないの?」
 ハッと我に返ると、正面には少し心配そうな顔をした斗真さんがいた。
(そうだ、私は斗真さんとデートしている最中だった)
 ここのところ、眠る時に優耶くんが何かしてくるんじゃないかと思って安眠できていない。キス以外の事はまだされてないけど、今後どうなっちゃうのか私にも分からない。
「ううん。お腹はすいてるし、大丈夫」
 食べかけのハンバーグにフォークをさして、美味しそうに頬張る。
 斗真さんは普通に優しく接してくれていて、特に愛されてないとか……そういう不安を感じたりはしていない。ただ、手を繋ぐ以上の事は絶対しないし、私を大事にしているというよりは、やはり女性を必要としていないんだなっていうのは分かる。
「ならいいんだけど。優耶が何か変に迷惑かけてるんじゃないかって思って」
「優耶くんは……何だかちょっと複雑な人だなっては思ってるかな」
 彼がノーマルに女性を愛せる体質だという事を打ち明けられない。どうしてか分からないけど、それを言うのは優耶くんの人格全てを崩壊させてしまいそうな感じがするのだ。
 私が兄を愛するように、優耶くんも心の底から斗真さんを慕っている。
 その思いが伝わってくるから……優耶くんに悪意は持てない。

 人が行ったり来たりするのを窓越しに見ながら、斗真さんは水を一度口に含んでから優耶くんと自分の過去を少し話した。
「俺は母を小さい頃に無くしてて……優耶は父の後妻との子。つまり腹違いの兄弟なんだ」
「そうだったの」
 優耶くんは斗真さんとの事を何も語らないから、どういういきさつで彼が斗真さんに心酔するようになったのか分からなかった。
「でも、優耶の母親は何故か優耶を育てたがらなくてね……育児放棄っていうのかな。俺がほとんど母親みたいに面倒見てて、気付いたら彼は母親より俺になついてた」
「……」
 私も似たようなものだ。
 両親を亡くし、頼れるのは兄だけだった。兄の存在は大きくて暖かくて……何にも代えられないほどの存在だった。
 母を慕う子供とは違った意味で、私は兄を頼っていたし敬愛していた。
 優耶くんの想いも……もしかしたら私と一緒なのかもしれない。
「だから俺以外の人間には全然懐かなくて、正直ずっと心配だった。俺の彼女になる女性には敵対心むき出しで……菜都乃に対する態度がいつもとは全然違ったから。ちょっとビックリしてた」
「確かに、最初から優耶くんは私に好意的だった」
「うん、だから……君には迷惑をかけてるけど。あいつが俺以外の人間に興味を持つなんて珍しい事だったから」
 全部話さなくても斗真さんが言いたい事は分かった。
 何とか優耶くんの依存心を引き離したいと思っている斗真さんにとって、私の存在はとても珍しくて必要なものになっているという事が。
 私は優耶くんの本性を話す事で斗真さんを傷つけるのも嫌だと思っていて。
 決して私を不快にはしない斗真さんの優しさを……踏みにじるような事はしたくない。
「君は俺の婚約者に相応しい……この世で唯一の女性と言っていいかもしれない」
「そんな」
 ここまで言われてしまうと、斗真さんとの結婚話も白紙に戻しにくい。
 私の立たされている立場はどんどん複雑になってきた。

 優耶くんが何故あんな複雑な人間になってしまったのか。
 その理由は少し分かったけど。
 彼の私に対する欲望と望んでいる顛末は理解できていない。

 優耶くんと斗真さんの間にある関係を崩さず、私はきちんと納得できる場所に着地できるんだろうか。


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