Smile! 新生活編2


12−2 魅力的な夫

SIDE菜恵

牧村くんはその後本当に私に何度か例の彼女との事について相談してくるようになった。
彼的にはもう愛情は薄くなっていて、別れたい気持ち80%だけど20%の未練が決断を鈍らせるらしかった。
「その20%ってどんな部分なの?」
お昼ごはんのカキフライを頬張りながら、私はそんな事を聞く。
牧村くんは、精のつく感じの焼肉定食だ。
「まあ、毎日電話したりするから…決心しにくいっていうか。愛着なんですかね」
そう言って、彼は照れたように笑った。
「いいじゃない…特に牧村くんが彼女を突き放す意味もない感じがするけどね」
「そうですか…。でも、何ていうか俺付き合った女の人少なくて彼女で二人目だし…この気持ちが本当に恋愛なのかって聞かれると、分からないんですよね」
そう言って、彼はガガガッと一気にご飯を食べる。
本当の恋愛…か、確かにそれは分からなくなる事はあるかもしれない。

「少し会わない時間を作って見るといいかもしれないね」
「え?」
「会うのは週1くらい?」
「いえ、最近は2週に1回ぐらいしか会ってませんよ」
彼はつまらなさそうに味噌汁の具をついばんでいる。
「じゃあ存在の大切さを確認する為にしばらく会わない時間が欲しいって相談してみたら?1ヶ月とか2ヶ月とか期間を指定してさ」
「聞いてくれるかなあ…“別れる口実でしょ!”とか切り替えされそう」
「そっかあー」

んー。
牧村くんは、優しくて人当たりのいい好青年なんだけど、ちょっと優柔不断ぎみだ。
だから束縛されるぐらいの相手の方が合ってる気もするけど、愛情の無くなった人と付き合うのも幸せとは言えないしなあ。
私も悩む。
彼女の写真を見せてもらったけど、笑顔の可愛い優しそうな子だった。
嫉妬深いのは苦労する種かもしれないけど、私がくぐってきた聡彦からの嫉妬体験を考えれば、まだ可愛いような気がする。

「まあ、一応そういう方向で話ししてみます。ありがとうございました。…あと、これは関係無いんですけど…旦那さんと行く機会があったらどうぞ」
そう言って、牧村くんは映画の招待チケットを2枚出した。
見たいと思っていた私好みのアニメだ。
「うわ、これどうしたの。私、一人でも行こうと思ってたんだよ」
「知り合いが宣伝用に何枚も送ってくるんですよ。もし良かったら」
先日紅の豚を見逃したお詫びに、これを一緒に見て夫婦関係を復活させられるだろうか。
和彦は久しぶりに会いたいと言っている母のところに預けて…二人きりのデート。

すごく嬉しい。

「ありがとう、牧村くん!またいつでも相談してね」
都合がいいなあと思われても仕方のない単純な反応をしてしまった。
それでも牧村くんはチケットが無駄にならない事を知って嬉しそうな顔をした。



聡彦から昼食後、唐突に電話が入った。
「もしもし。あ、どうしたの?」
『菜恵、メルトモの牧村って今日内勤なの?』
唐突に牧村くんの事を話題に出されて私も驚く。
「そうだけど。何で?」
『そいつの彼女だとかいう女の子に俺、呼び出されたんだけど…』
「は!?」
私は驚いて、思わず席を立ってしまった。

「な、なんで?」
慌てている様子を隠しようがなくて、私は言葉がどもった。
聡彦の声からいっても、何か相当驚くような事を言われたに違いない。
『内容はここでは言えないけど。ちょっと牧村ってのに代わってくれない?』
「やだよ…変な事言われたら仕事の関係がおかしくなる」
真剣にデスクに向かっている牧村くんの顔を見ながら、私はそう答えた。
聡彦は少し沈黙して、『分かった、俺がダイレクトにそいつの内線に電話する』と言った後携帯をブツっと切ってしまった。

まずい、まずいよ。
牧村くん、ピンチだよー!

私は彼に何かサインを送ろうとしたけれど、気付いてすらもらえず、聡彦からかかったらしい内線をとるのを見てしまった。

あー…ジーザス…。
もう駄目だ。
私の控えめなアドバイスが台無しになる。
それどころか、牧村くんに不必要なほどのプレッシャーがかってしまう可能性が考えられた。

話している顔つきを見ると、すごく真剣な様子だ。
時々私の方をチラッと見る。
その度に私は首をふって電話を早く切るようにジェスチャーしたけど、駄目だった。
ほんの数分の会話だったけど、私には何時間も話しているように見えた。
その後、牧村くんは自分の携帯を持ってオフィスを出た。
彼女に何か話をしに行ったような様子だ…。自然に私の心臓もバクバクしてしまう。
どんな事になっちゃったの!?



「後藤さん、ちょっと…すみません」
電話を終えたらしき牧村くんが、暗い表情で私を呼んだ。
「夫が何か言った?」
「ええ。まあ…それもありますけど、彼女の事でも…」
それを聞いて、私は休憩室に10分という約束で移動した。
せっかくアドバイスもうまくいって、これから関係を修復してもらおうと思ってたのに。
彼女さんはちょっとせっかち過ぎる。
それに、牧村くんの事全然信用してないし…もう応援するのも疲れたな。

そんな事を思ってげんなりと椅子に座っていると、カップコーヒーを持ってきてくれた牧村くんが真面目な顔で私の向かいに座った。
「何か失礼な事言った?ごめんね、何か余計な事言ったんだったら……」
「いえ。舘さんは悪くありません、彼女が非常識だったんです」
「何で、彼女は私の夫のところに行ったのかな」
さっき聡彦からは聞けなかった部分のところを突っ込んだ。
すると、牧村くんは暗い顔をしてつぶやいた。
「舘さんは”彼女の管理ぐらいしとけ”って言ってましたけど…彼女と今少し話して、もう俺振られたのが分かりました」
「え?」
「俺の事で文句の一つも言おうと思って行ったみたいなんですけど、何か舘さん見たら相当カッコイイとか思ったみたいで。一目惚れ?って感じで…要するに俺の事なんかどうでも良くなったっていうか……」
牧村くんのへこみ方を見ていて、私は唖然とした。
「うそ……」
さすがに私も驚いたし、引いた。
不必要なほどの嫉妬をしたかと思ったら、今度は他人の旦那に一目惚れですか。
いったいどういう態度で乗り切ったんだろう、聡彦は。
「別に舘さんをどうこうしようと思ってる訳じゃなくて、俺が別れたがってるの知ってたし。もう別れてもいいかなあって思ったみたいですよ。はは…手間が省けましたよ。ありがとうございます」
やや投げやりな感じでお礼を言われたけど、牧村くんの顔を見ていると相当プライド傷ついたっていう感じが伝わってきた。

「ごめんね…夫は誰に対しても愛想無いから、電話でもぶしつけな事言ったんじゃない?」
私も脱力しながらそんな事をつぶやいた。
「いいえ、舘さんは立派な大人の男として言うべき事を言ってましたよ。ただ、もう後藤さんに恋愛事を相談するのは止めてもらえないかって釘は刺されましたけど」
「そう……何か、どうしたらいいのか私にも分からない」
私のアドバイスなんて何の役にも立たず、女心を破壊する聡彦の魅力が圧勝したという事実は、私にも相当大きな打撃を与えていた。

「後藤さん、俺…ある意味ちょっと吹っ切れました」
「何が?」
「結婚してたって、好きな人の事は好きでもいいんじゃないですかね。思うのは自由っていうか」
牧村くんはそう言った後、驚いている私を無視してさらに言葉を続けた。
「俺…後藤さんの事、やっぱり好きです。振られた直後だっていうのに、考えてるのは後藤さんの事ばっかりだし」
返事に困る事を言われ、私は黙って彼を見ていた。
すると、カップに残ったコーヒーを飲み切って、先に牧村くんの方が席を立った。
「仕事戻りましょう。やっかいに巻き込んですみませんでした。もう余計な事で後藤さん夫婦に迷惑をかけないよう俺も大人になります」
「牧村くん……」
休憩室を出ていった牧村くんの顔は、引き締まっていて2割増しいい男になった感じがした。
失恋が男を上げることもあるのか……。
いや、そんな事で私は感心している場合じゃないのだ。

聡彦に今晩会うのが怖い。
しかも、牧村くんの彼女を一発で落としたという聡彦の魅力にも多少恐怖を覚えた。
何もしないのに、あの人は何故そんなに女性を魅了してしまうんだろうか。
浮気するタイプじゃないと分かっていても、うっかり出来ないという心配事が今までよりさらに増えた。

……ああ。
結婚ってもっと安定した気持ちになれるんじゃなかったんでしたっけ。
それで倦怠期とか迎えちゃったり。
私、全然安定しない。
毎日聡彦に恋してるし、さりげなく嫉妬してるし。
今も会社で誰かにアプローチされてるんじゃないかって心配になってる。

でも、聡彦だってきっと牧村くんと一緒にいる私に対して多少不安を覚えているに違いない。
実際牧村くんの言い方だと、聡彦に私に好意があるような事を打ち明けた可能性がある。
今夜は口を利いてもらえないかもしれない。

私は大きくため息をついて、少しだけ休憩室の机の上に顔をつっぷした。


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