Smile! 新生活編2


13−3 育児ストレス? SIDE 菜恵

「全然食べてくれない……」

 離乳食の話である。
 本を調べて、レシピ通りに作った。冷凍庫で保存しておくと便利だというから、おかゆを何種類か作ってそれを凍らせたりして……忙しい中でも色々工夫した。
 でも、食べてくれない。
 口に入れても、ベッっと出してしまう。
「何で?美味しくない?」
 聞いてみるけど、お腹はすいてるみたいで、ギャーギャーと泣いてしまう。
 結局……ミルクをお湯で溶かして飲ませると、それはゴクゴクと飲むのだ。

 こんな感じで、私は育児に疲れている。
『娘もあまり離乳食は好きじゃないみたいだよ、ためしに大人の食事を食べやすくしてあげてみたら案外パクパク食べてくれてね』
 ムーンさんに相談したらこんなアドバイスをもらった。
『大人だって味の薄いおかゆを出されても食べたくないと思わない?』
「言われてみるとそうかも……無理に離乳食にこだわらなくていいのかな」
『うん、周りの人にもアドバイスされたけど、子供が食べたいと思うものを優先に食べさせてあげたほうがいいよ。あとは美味しいベビーフードを見つけてそれをあげたら作る手間も省けるし……もっと自分を楽にしてあげたほうがいい』
 この意見には感動すら覚え、私はその夜聡彦が飲んで遅かったのも気づかないでぐっすりと眠った。

「頭痛い……」
 朝食を作っていると、聡彦がパジャマのまま頭をかかえて寝室から出てきた。
「あれ、昨日飲み会だった?」
「言ってなかったか……?生田さんの歓迎会したんだよ」
「あぁ……そうなんだ」
 和彦の離乳食がやや解決して機嫌よく迎えた朝だったけど、急に何だか気分が落ちた。
 私が離乳食で悩んでいても、相談相手は夫じゃなくてネットの世界の人なのだ。こんな悲しい事があるだろうか。
 それでも気を取り直して、和彦の話をしようと今朝試した大人味の離乳食を手にとった。
 でも、私の言葉よりも聡彦の方が少し早かった。
「仕事もしばらく忙しくなりそうで……夜は遅いよ」
「……そう」
「生田さんがわりと働いてくれてて、ビジネスライクに付き合ってるから心配しなくていいぞ」
(別にそんな事まで聞いてないし)
 聡彦の周囲につきまとう女性の事で、私は今まで何度悩まされてきたか。それは聡彦だって分かっている。
 だからこそ生田さんは飽くまで“ビジネスライク”だと言って安心させようとしているのかもしれないけど……私の心中は穏やかではない。
「夜ご飯も外で食べるから、俺の事は気にしなくていいから」
「分かった」
 聡彦なりに気を使っている。
 このツン男がこれだけ気を使ってくれているんだから、もっと喜んでもいいはずなのに。どうして私の胸の中はイライラしているんだろう。
 どこかで聡彦とムーンさんを比べている自分がいるのに気付いたのはその日の昼だ。
 子煩悩な事で有名な同僚の人が育児について嬉しそうに話しているのを見た時。
(聡彦は職場で子どもの話なんか絶対しないよね)
 こう思ったのだ。
 それで、ムーンさんもかなり育児に興味があって協力しているふうなのに……聡彦は和彦が離乳食を食べ始めている事すら気づいているかどうかわからない。
(負担を平等にしようねって言ってたのに、そのバランスが崩れてきてるみたいだな)
 家事、育児、仕事、これを全部こなそうとしたら、やっぱり大変だ。
 それでも夫がもう少し私のやっている事に興味を持ってくれたら、頑張ろうって思えるのに……。
 
 食べかけていた定食も途中で箸を置いてしまい、私はゲソッとした。
 そんな時、嫌がらせのようなタイミングで聡彦たちが社食に入ってきたのが見えた。
(今は会いたくないな)
 そう思って定職を下げて出ようとしたら、何故か若い女性が私に気づいたみたいだった。
「あ、あの方、舘さんの奥さんじゃないですか?」
「あぁ……そうだよ」
「やっぱり綺麗な方ですねぇ。受付されてたのって分かる気がします〜」
(何、そのわざとらしい褒め言葉!?)
 女の直感というか……あの子が生田さんだというのはすぐ分かった。そして、私を褒めることで聡彦の中の自分の株を上げようとしているのも分かってしまった。
「急いでるので、失礼します」
 軽く会釈して、私はさっさと社食を出た。

 何とも面白くない。
 育児ストレスなんだろうか。

 私は発散のしどころのないイライラを抱え、これから先の生活をどうしていこうかと少し後ろ向きな気持ちになっていた。


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