草食系な君と肉食系な僕

13.優しさ

 初めての体験。
 当然「怖い」という感情はあり、相手を好きだという自覚があっても……なかなかすぐに払拭するのは難しい。
 それほど長い間私は異性というものを受け入れるのを拒絶してきた。
 何人と寝たの?なんて聞けるはずもなくて、それでも……今まで影沼氏に抱かれてきたであろう女性に軽く嫉妬する気持ちが出た自分に驚く。

「渚……何か別の事考えてるね」

 優しく体をさすってくれていた影沼氏が、私の顔を暗闇で覗きこむのが分かった。
 恥ずかしさもあったし、どこか冷静な自分を保ちたいという頑固さが存在していたのは確かで。

「ごめんなさい」
 素直に謝る人を好きだと言った彼だ。
 今回も、すぐに微笑んでキスをしてくれた。

「怖いのは分かるよ。女性の場合……どうしても相手に委ねる部分が多いだろうしね。ただ…今、もし可能なら僕の事だけ考えてくれない?」

「……」

 異性の本質を知りたいなら、ベッドを共にするのがいいと聞いた事がある。
 私が知っていた影沼氏は血も涙も無い、ただの鬼上司だった。人間を人間とも思わないような、冷酷な性格で……決してこの人に服従する事なんかないだろうと思っていた。

 なのに、今の私はどう?
 素直に謝ったり、体を委ねたり……彼からの優しい言葉に涙まで出そうになっている。

「女が全部一緒なら、僕も揺れたりしない」
 少し苦しそうに影沼氏は私の髪を優しく撫でながら語る。
「今までどれだけの経験を積んだところで……渚を好きだと思う気持ちは全く新鮮なものなんだ。つまり……僕にとっての精神的な“初めて”っていうのは……渚だっていう事になる」

 この言葉の意味するところ。
 それは、つまり……彼も異性を本気で愛した事は無かったという事だろうか。
 自分の解釈が間違っていたら切ないなと思って、確認するように私も彼の顔をじっと見た。

「僕を信じられない?」

 そう言われ、私は慌てて首をフルフルと横にふった。
 信じてない訳じゃない。
 ただ、未知の世界に足を踏み入れるのが怖いだけだ。

「僕の気持ちが本当だって今から教えてあげる……嫌な気分になる事があったら、すぐ言って」

 そう言うなり、彼は私の首筋にキスをした。
 ゾクンと体に電気が走り、そのまま指先で胸の先端を軽く刺激され……思わず声が漏れた。
 自分でもこんな声が出るんだ……と、驚くような声。

「いいよ。そのまま素直に感じて」
「うん……」

 何だか私の方が年下になったような気分。
 初めて異性の体が自分の肌と重なっている。暖かくて、たくましくて……思わずその胸に頬を寄せたくなった。
 すると、私を卵を扱うみたいに優しく……彼は抱きしめてくれた。
「気丈で男まさりに見えてたけど……渚も女だったんだね」
 クスッと笑ったのが分かった。
「何よ……色気がなくて申し訳ありません」
 軽くふくれながら、私はせっかく酔いかけた気持ちがクールになるのを感じた。
 でも、彼はその気持ちをダウンさせる事を許さない。

「色気の無い女性が、ここ……こんなふうにさせてるかな?」
 足の隙間にぐいっと腕を入れられ、まだ守っておきたかった場所に触れられた。
「やだ!」
 抱き合うというのは、もちろん寄り添うだけじゃないというのは分かっていた。
 きっと、多分……大事な部分とも触れあうんだろうと…それは覚悟してたけど。やっぱり恥ずかしさの方が上回った。
「僕の愛撫でこんなふうに濡れてくれるのって、すごく嬉しいよ」
「やだやだ、本当にもう言わないで!」
 優しい指使いで、私の敏感な場所がどんどん熱を帯びてくる。
 恥ずかしいのに、「止めないで」という本心が自分でもチラチラ見えているから不思議だ。

「”やだ”……じゃなくて、“もっとして”って言わないと止めるよ?」

 ものすごい意地悪な言葉。
 私が完全に彼の腕に落ちそうなのが分かっていて、言っている。
 いつもの私ならここで一発相手にビンタでもくらわせて去るのだけど……体がもう彼を欲してしまって、止まらない。

「どう?止める?」
「……止めないで」
「それで?」

 私からどうしても言わせたいらしく、彼は動きを止めたまま焦らす。
 こんな攻撃なもんだから、自分の警戒心を100%解いた状態で恥ずかしい事を口にした。

「……もっと……もっとして欲しいです」

 私の言葉を聞いて、影沼氏はニッコリ嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「素直だね……好きだよ」

 この殺人スマイル。

 私を最初に動揺させたのも、この笑顔だった。
 心の汚れた人には出せない笑顔だと直感していたんだけれど……自分の天邪鬼が勝っていたんだろう。
 
 結局、自分の一番恥ずかしいところもゆっくりとほだされ……恥ずかしいという気持ちもどんどん薄らいでゆく。
 逆に感じた事のない感覚に、戸惑いっぱなしだ。
 心の奥底から湧き上がる快感にプラスして、スカスカだった心が満たされてゆく。

 男なんて一生知らなくていいと思っていたのに。
 こんな気持ちになれる世界がこの世に存在していた事に、私は素直に驚いていた。



「今日はここまでにしようか」

 愛撫で呼吸が乱れる私を見て、彼は優しくそう言って動きを止めた。
 最後までする気は無いみたいだ。

「渚の事は大事にしたい。僕の事を心の底から欲した時に……その時に君の初めてをもらうよ」
「影沼さん……」
 彼の優しさに新たな感動を覚え、私は涙を止められなくなった。
「よしよし……泣かなくていいんだよ。僕に愛を教えてくれているのは君なんだから。渚から教えられた事を、僕はそっくりそのまま君に返そうとしてるだけなんだよ」
 彼から“よしよし”って言われるのは、何か……嫌いじゃない。
 年下なのに、変に抱擁力があって。
 この人の大きな手で頭を撫でられると、心が落ち着く。

「ありがとう。影沼さん……優しいのね」
 くしゃくしゃになったシーツでギュッと涙を抑えられながら、私は鼻声な状態でそんな事を口にした。
「何か、もう苗字で呼ばれてるのも変だな。名前の方で呼んでくれない?」
 ご主人様を名前で呼ぶ使用人などいるんだろうか。
 でも、ベッドで裸になっているこの状態だって……もう使用人という立場を離れてしまっているんだろう。
「芯…さん?」
「まあ、無理にとは言わないけど。名前で呼ばれる方が近い感じがして嬉しいかな」
 この人にもそんな可愛い部分があったんだ……と、ちょっと可笑しい。
 笑った私を見て、芯さんは一緒になって微笑んだ。

「愛撫で色っぽい顔してる渚も好きだけど、やっぱり笑ってるのが一番好きだな」

 この人は、どこまで私の心を奪い去れば気が済むんだろうか。
 何か恐ろしい罠でもありそうで、怖いぐらいだ。

 私の体も心も大事にしたいと言って、最終段階をあえて止めてくれた芯さん。
 男性がそこを我慢するのって、本当はとってもつらいんじゃないだろうか。
 てことは、彼は本気で私を大事に思ってくれてるんだ。

 はっきり彼を愛してるとか感じるにはまだ時間がかかるんだろうけれど、少なくとも自分の中にあった彼への不信感は完全に払拭された。

 でも……やはり本来肉食系な芯さん。
 安心した私に向かって釘を刺すように言った。

「渚、次は君を完全にいただくからね。僕も、そう何度も止められるほど理性的じゃないんでね」

「……」

 こんなふうに言われると、やっぱり心臓が破裂しそうなほどドキドキしてしまう。
 最初の経験っていうのは「痛い」事が多いみたいだけど。それに耐えられるのかという事と、この人なら私の心も体も壊すほどの勢いで入ってきそうで怖いという気持ちがミックスされる。

「怖がる必要は無いよ」

 私の心を読んだかのように、彼は私の頬にキスをしながらいたずらっぽく言った。

「言ったろ?僕が強引にしなくても、渚から僕を求めるようになる。絶対にね」

 その自信はどこからきてるんですか。
 
 そうは思ったけれど、すでに私は彼から受けた愛撫の感覚が体に刻まれてしまったのが分かっていて……これを忘れられなければ、きっと自分から求めてしまう予感はあった。

 おそるべし……肉食系。

 悲しいけれど、私は草食系の名称を捨てざるを得ない状態になってしまった。


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