草食系な君と肉食系な僕

2−4 蘇る
 
 部屋には微かな暖房がかけられていて、自分が肌をあらわにしているというのに、それほど寒いという意職は無かった。
床に散らばった自分の衣類。それをぼんやり見つめつつ、私は芯さんがしてくる事に一切抵抗しなかった。

「匂い……渚の肌から懐かしい匂いを感じる」

 彼の鼻腔に、私の匂いが残っていたのだろうか。肉食の名に相応しく、芯さんは私の体に思い出を探るよう……あらゆるところに優しくキスしていった。

「あ…ん」
 私が反応する場所を確認すると、そこを執拗に責める。
「渚のポイントってここなの?」
「だめ、そこ…すごく駄目なところなの」
 耳から首筋にかけてツーッと舌を這わせられ、ゾクゾクと鳥肌のたつ感覚が抑えられない。
「駄目っていうのは『もっとして』っていうのと同義語だよね?」
「違う、自分じゃなくなる感じがするの。やだ」
 あまりにも強烈に感じる部分を刺激され、彼の直感力というのはすごいなと思う。私の弱点をいとも簡単に探り当ててしまった。
 私が何度も「駄目」と言うから、芯さんはクスリと笑ってもう一度そこに軽くキスを落とす。
「お願いの仕方、渚は忘れてしまった?」
 すっと唇を離され、私はハッとして彼を見上げた。すると芯さんは、すっかり上気した私の体を微笑みながら見下ろしている。
「さあ、お願いしてみて。そうでないと、やめるよ?」
 こんな意地悪な事を言われて、恥ずかしいのに……芯さんのサディスティックな部分に私は喜びを感じていた。
 いつの間に調教されてしまったのだろう。私はこの人からの愛撫無しにはいられない体にさせられてしまったのだろうか。
「やめないで…もっと感じさせて」
「どこを?」
「芯さんが記憶している私の感じる場所全てを」 
 以前の私なら死んでも口にできなかったであろう淫らな言葉がドンドン出てくる。
「そう。じゃあこのツンと可愛く立った場所も愛撫を待っているのかな」
 そう言って、芯さんは私の胸の先端をカプリと優しく咬んだ。
「やぁん!」
 痛みより甘い刺激に体が反り返る。
 もう片方の胸も揉みしだかれており、私はとうとう足をバタバタとさせた。下半身のうずきが止められないのだ。
「そうか……男を知らないふうな顔をしていて、渚はもうすっかり開発されているのか」
 その開発した人間が自分である事を確信しているのか、芯さんは嬉しそうに愛撫を続行する。
 記憶が戻ったかのように、彼は以前と同じテクニックで私をどんどん支配した。

「下着……もう洗濯したほうがいいぐらいだね」

 ショーツの上から指で何度もなぞられ、そこはどうにもならないほどに濡れていた。
 久しぶりの交わり。
 私の「女」はすっかり目覚めさせられており、恥ずかしいという言葉はもうほとんど意味をなさない。
「きて…芯さん。お願い、はやく来て」
 多分私の瞳は潤んでいたはずだ。悲しいわけでもないけれど、何故か目に涙が溜まる。
 こんなに彼を欲しているというのに、芯さんはやはり意地悪だった。
「急かされるのは嫌いなんだ。渚、僕にもキスをしてくれよ」
 自分からの行為をやめ、彼はベッドまで移動してドサリと寝転んだ。狭いソファでの行為がきゅうくつになったのだろうか。
「私がするんですか?」
「そう。渚の方が僕に対する記憶がハッキリしているんだ。忘れたとは言わせない」
「……」
 私はおそるおそる芯さんに近付き、彼がしたように優しく頬にキスするところからはじめた。
「そこじゃないよ。僕が一番好きな場所……覚えてる?」
 耳にチュッとキスをしたところで、彼にそう言われた。
 芯さんが一番好きなところ……。いつも自分が受身になっていて、彼がどこを一番好んでいたのか、正直すぐに思いつかない。
 でもいつだか、夢中でキスをしていた時……まるで生きものになったかのような舌が私のそれをまさぐり、何度も絡めては離し……を繰り返していた。もしかしたら、彼の一番好きな場所というのは唇…というより、ディープキスなのではないだろうか。
「ん……」
 私は芯さんの唇に何度か軽く触れ、その後少し開いた口内にすばやく舌を滑り込ませた。
「ん、渚…」
 思った通り、かなり自制心を失うような反応。草食の私が肉食に食らいつく様は、何とも淫らなんだろうな……と頭をかすめる。それでも、芯さんが気持ちよさげに私のキスを受けてくれるから、嬉しくなって彼から教わった通りのディープキスを再現させた。

「はぁ…はぁ…」

 お互い呼吸が荒くなり、もうキスだけではどうにもならないところまできてしまった。
 ベッドからムクリと起き上がり、芯さんは無言で私をベッドに寝かせた。
「思い出せそうだよ。渚。僕の記憶フィルムに君がしっかり焼きついているのを今確認した」
「本当?」
「そうだよ。だから、綾なんかに惑わされるな」
 嫉妬と愛情がごっちゃになっているのか、彼の侵入は激しかった。
 唐突に奥深くに入り込まれ、甘い痛みと共に何とも言えない幸福感が体を走る。
「んっ、んっ、芯さん……もっと」
 彼の肩にぎっちりしがみつき、私はどこまで二人が密着できるのか……その限界を探ろうとした。どんなに頑張っても、所詮私達は別の人間。しかも埋まる事のない溝を持った「男」と「女」だ。
 それでも、他人である私達を繋ぐ絆がどこかにあるのではないか。
 その破片でも見付からないだろうか。
 こんな事を無意識に考え、私はひたすら芯さんの愛を体全体で受け止めた。

 芯さんにはまだまだ体力は残っているようだったけれど、二度達したところで彼は優しく私を抱き入れながらベッドに横になった。
「朝まで渚を抱いてやりたい気分だけれど…それじゃあ、君が壊れてしまうだろう」
 彼なりに私を思いやっての事のようだ。
 確かに、私は一度で十分なぐらいだから、彼が望む「朝まで」というのは……これからトレーニングでもして体を鍛えないととてもお相手できそうもない。
「芯さん、本当に私を思い出しましたか?」
 彼の胸に頬を寄せて、私はそう聞いてみた。
 体に残った記憶というのは確かにあるかもしれない。それでも、こんな性急な事で人間の存在を思い出したりするものだろうか。
「正直言うと、体が君の感覚を思い出した……っていうところかな」
「どういう事ですか?」
「渚に惚れた理由は何かあったんだろう。しかも僕にとってそれは強烈な理由だったはずだ。でも、思い出したのはそういう事じゃなくて。とにかく渚、君が恋しい。誰にも奪われたくない。そういう気持ちが完全に蘇った……そういう感じだよ」

 私を好きになった理由は忘れてしまった。
 でも、私を好きだという理由のない感情は蘇った。

 少し寂しい気もしたけれど、完全に彼から忘れられた訳じゃないのを知って、素直に嬉しかった。
「嬉しい。芯さんに思ってもらえているのが分かって、本当に嬉しい」
 そんなに多くを望んでいるわけじゃない。
 ただ、芯さんの傍にいて、彼がつらい時、寂しい時、励ましてあげられる場所にいたいだけだ。
 こんな私のささやかな望みだけれど、芯さんの立場や綾さんの出現によって簡単なものではなくなっている。
 いつか何にも怯えず、芯さんの心が安らぐ生活が訪れるといいのに。
 私はそんな事を考えつつ、深い眠りの世界へと落ちていった……。


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